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大阪地方裁判所堺支部 昭和62年(ワ)866号 判決

原告 三山義男こと

李圭鳳

〈ほか四名〉

右五名訴訟代理人弁護士 岡崎守延

被告 堺市

右代表者市長 田中和夫

右訴訟代理人弁護士 俵正市

同 重宗次郎

右訴訟復代理人弁護士 小川洋一

主文

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

(原告ら)

1  被告は、原告圭鳳に対し二七八万一八一八円、その余の原告らに対し各一八五万四五四五円及び右各金員に対し昭和六〇年八月二五日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

(被告)

請求棄却の判決

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  三山こと崔為南(以下被害者という)は、昭和六〇年八月二一日午後七時二〇分頃、堺市北長尾町二丁五番五号先の交差点北東角を三山千恵子に付き添われて歩行中、南から走行してきた車両が右折するにあたり千恵子に接触しそうになったため、千恵子はこれを避けようと右に動き、その結果、被害者は同所のU字型側溝(以下本件溝部分という)にはまり込み、中洲外科において右大腿骨頸部骨折、高血圧症の診断を受けた。被害者は、右受傷を原因として心筋梗塞、肺水腫を併発し、同月二四日には脳出血を起こして、同月二五日死亡した。

2  本件事故のあった道路は、被告において設置、管理していた公の営造物であるところ、次に述べる事情により、その設置、管理には瑕疵がある。

(一) 本件交差点は、東西道路の幅員が約三・六メートルしかないため、南から走行してきた車両が右折するには、その左前角が同交差点の北東角に殆ど接するような状況になり、歩行者は端に避難せざるをえない構造であった。

(二) 本件交差点から東方へ延びる道路の北側には水路(U字型側溝)があるが、これには従前から木製の覆いが設置され、かつ、本件溝部分の北西隣にはコンクリート製の蓋があった。そして、本件溝部分には被告が従前木製の蓋を設けており、これは昭和五二年頃に残っていたが、その後本件溝部分のみ無蓋状態になっていた。

(三) 被告は、本件交差点において歩行者と車両がすれ違う際、歩行者が本件溝部分に落ちることがないよう蓋を設けるべきところ、被告もその必要を認めてその措置をとっていたのに、その管理の瑕疵により無蓋状態のまま放置し、本件事故に至ったものである。

(四) なお、被告は、本件事故後、本件交差点付近を全面改装して安全対策を施している。

3  被害者は、本件事故により次の損害を被った。

(一) 葬儀費用 五〇万円

(二) 逸失利益 三二六万三一〇〇円

(年収) 二一七万五四〇〇円

(就労可能年数) 三年

(生活費控除) 五〇パーセント

(三) 慰謝料 一五〇〇万円

(四) 損害の填補 九一八万円

原告らは国から右金額を受領した。

(五) 弁護士費用 一五〇万円

4  原告らは被害者の子で、韓国法により戸主相続をした原告圭鳳の相続分は一・五、外の原告らのそれは各一の割合で、被害者の損害賠償請求権を相続した。

5  よって、原告らは被告に対し、請求の趣旨記載の各金員とこれに対する被害者の死亡日である昭和六〇年八月二五日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告の答弁

1  請求の原因第1項の事実について、原告ら主張の日時、場所において、被害者が千恵子に付き添われて歩行中、右折車を避け損ねて本件溝部分にはまり込み、中洲外科で受診したこと、その後被害者が死亡したことは認めるが、その余は争う。

2  同第2項の事実について、本件交差点の道路が被告において設置、管理している公の営造物であること、(二)のうちの水路の位置、(四)のうち被告が本件交差点を全面改装したことは認めるが、その余は争う。

本件溝部分の幅は二九センチ、深さは二四センチであって、本件事故当時の本件交差点の道路状況は別紙図面のとおりであるが、このような道路状況にかんがみ、車両につき、本件交差点の東側道路は東方への一方通行、西側道路は西方への一方通行の規制がなされ、速度は時速二〇キロに制限されている。従って、歩行者が車両の動静を確認していれば、事故は十分に避けることができ、本件交差点の道路には何らの瑕疵もなく、本件事故は被害者側の一方的過失ないし被害者の過失と右折車両の過失との競合によるものである。

3  同第3項について、本件事故と被害者の死亡との因果関係を争い、原告ら主張の損害は、その填補を認めるほかは知らない。なお、被害者の死亡には、高齢のための脳動脈硬化による動脈瘤の存在が寄与しているので、損害額の算定にはこの点が斟酌されるべきである。

4  同第4項の事実は知らない。

第三証拠関係《省略》

理由

一  請求原因第1項の事実中、原告ら主張の日時、場所において、被害者が千恵子に付き添われて歩行中、右折車を避け損ねて本件溝部分にはまり込み、中洲外科で受診したこと、その後被害者が死亡したことは当事者間に争いがない。

本件事故の態様については後に判断することとするが、《証拠省略》によれば、中洲外科が診断した被害者の病名が原告ら主張のとおりであること及び被害者が当該受傷を原因として心筋梗塞、肺水腫を併発し、被害者の高齢による脳動脈硬化の存在も加わって同月二四日には脳出血を起こし、同月二五日死亡したことが認められる。

二  請求原因第2項について判断するに、本件交差点の道路が被告において設置、管理している公の営造物であること、同項(二)のうちの水路の位置、同項(四)のうち被告が本件交差点を全面改装したことはいずれも当事者間に争いがない。

《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められる。

1  本件溝部分の幅は二九センチ、深さは二四センチであって、本件事故当時の本件交差点の道路状況は別紙図面のとおりである。車両につき、本件交差点の東側道路は東方への一方通行、西側道路は西方への一方通行の規制がなされ、速度は時速二〇キロに制限されている。

2  事故当時、被害者は八一才で両眼の視力は完全に失われていたが、風呂屋へ行くため、白い杖を携え、嫁の千恵子に付き添われて、本件交差点東側道路の北端を本件交差点に向かって西進し、本件交差点北側道路東端を北進しようと本件交差点の東北角の別紙図面X点付近にさしかかった。

千恵子は、被害者の左側を千恵子の右腕で被害者の左腕を抱えるようにして歩行していたが、前記X点付近で本件交差点を南から東へ右折しようとする自動車を認めて狼狽し、右に避けたため被害者を押す結果となり、被害者は本件溝部分にはまり込み、前記の傷害を被った。

3  本件交差点東側道路の北端にも溝が続いているが、これは木柵が斜めに立て掛けられて塞がれており、本件溝部分の北西方はコンクリートの会所の蓋に続き車の通行のため鉄板が斜めに渡されていて、本件溝部分の〇・七メートル程の間が開口部となっている。

4  ところで、千恵子は、「本件事故の五年程前から事故当日と同じ経路で被害者の入浴に付き添っていたが、本件溝部分が開口していることに気付かなかった」と供述しているけれども、「被害者を連れていたので周囲にはよく気をつけていた」とか、「事故当日もいつもと同様本件溝部分の縁と被害者との間に〇・五メートルの距離を置いて歩行していた」などとも供述しているので、後者の供述中の〇・五メートルという距離の正確性についてはともかく、千恵子が本件溝部分が開口していることに気付かなかったはずはない。また、千恵子は、「自動車が来た方向にも気をつけて見ていた」、「自動車は速い感じで曲がってきた」、「急に来てスピードを出していた」などと供述するが、《証拠省略》及び前認定の本件交差点の道路状況にてらすと、本件右折車は普通車並みかそれ以上の大きさであったこと、一般にこのような車が本件交差点をかなりの速度で右折するのは極めて困難であること、前記X点手前で被害者と千恵子を追い越して歩行していた夘尾は追い越した時点で本件交差点の中央辺りにいる本件右折車を認めていること、これらの事実が認められるので、千恵子が「自分と車とが最も接近したときの距離は一・五メートルぐらいだった」と述べていることを考え併せると、本件事故の発生は、本件右折車の過失のほか、客観的な危険性はそれほど大きくなかったにもかかわらず、千恵子が狼狽の余り被害者を右へ押した過失の結果であるというべきである。

5  本件溝部分に昭和五二年頃まで木製の蓋が設置されていたか否かは、確認することができない。また、本件溝部分で、過去同様の事故が発生したような形跡はない。

以上の事実関係のもとでは、既述のように、本件事故の発生は本件右折車の過失のほか、客観的な危険性はそれほど大きくなかったにもかかわらず、千恵子が狼狽の余り被害者を右へ押した過失の結果であり、本件交差点を南から東へ右折するに際し車両の左前角が同交差点の北東角に近接するような車長の車両は、その速度を相当に落とさざるを得ないのであるから、通常の歩行者は、本件のような事故に遭遇するとは考え難い。もとより、本件溝部分に蓋がされていれば、被害者がこれにはまり込むことはなかったであろうが、完全に失明している高齢の被害者に付き添っていた者が、狼狽の余りとはいえ、被害者を本件溝部分の方に押しやるというようなことは、通常予測しえないところである。

道路の設置、管理の瑕疵とは、これが通常備えるべき性質または設備を欠くことであるから、通常予測できないような事態についての対応が欠けていても、そのために道路の設置、管理に瑕疵があるとはいえない。

そうすると、その余の争点につき判断するまでもなく、原告らの請求は理由がない。

三  よって、原告らの請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 前川鉄郎)

〈以下省略〉

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